公開シンポジウム「慶州・金冠塚が語りかけるもの」開催報告

公開シンポジウム「慶州・金冠塚が語りかけるもの」を開催しました。

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 2021年3月20日(土)、zoomウェビナーを用いるオンライン形式で、シンポジウム「慶州・金冠塚が語りかけるもの」を開催しました。
 本シンポジウムは、人文科学研究所と共同で日本学術振興会から受託した『課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業』(グローバル展開プログラム)「逸失の危機にある文化遺産情報の保全・復元・活用に関する日・欧・アジア国際共同事業」により進めている、京都大学所蔵の朝鮮古蹟調査事業関係資料のデジタル化事業の成果の一端を紹介するために企画されました。
今回のシンポジウムのテーマは、1921年10月に偶然に発見され、京都帝国大学考古学教室で報告書の作成がおこなわれた慶州・金冠塚をめぐる諸問題です。金冠をはじめとする大量の出土遺物をめぐる、慶州在住朝鮮人と遺物の整理・報告に関わった日本人研究者の行動、そして大韓民国で進められた再調査・整理作業の成果について、3名の演者が報告をおこないました。
 荒木潤「植民地慶州、古蹟調査と現地住民―「金冠塚遺物慶州留置運動」を中心に―」は、総督府博物館関連文書や当時の新聞記事などの詳細な検討をもとに、京城(現在のソウル)に搬出された金冠塚の遺物を慶州に留め置こうする運動をめぐる、多様な力学とその意味について検討をおこないました。そして、これまで一般的に知られてきた諸鹿央雄ら慶州居留日本人の思惑とは別に、慶州在住朝鮮人の行動が本運動に果たした役割が明らかにされました。
 吉井秀夫「京都大学所蔵金冠塚関連資料について」は、朝鮮古蹟調査事業に関連する資料が、現在、大韓民国と日本の複数箇所に分散しており、そのデジタル化・Web公開による共有が進められていることを紹介しました。その上で、京都大学が所蔵する金冠塚関連資料を通して、京都帝国大学考古学教室で金冠塚の報告書が作成された過程についての諸事情を明らかにすることができることを指摘しました。
 金大煥「金冠塚再発掘の成果と課題」は、2013年から国立中央博物館が進めている「朝鮮総督府博物館の資料整理事業」の一環として出土遺物や関係資料が再整理され、さらに金冠塚が再発掘されることになった経緯を紹介しました。そして、再発掘調査により明らかになった木槨や積石部の構造を元に、積石部の築造プロセスの復元案とその歴史的意義が提示されました。
 報告後は、参加者からの質問に答える中で、さらに議論を深めていきました。金冠塚の発見をめぐる問題に関しては、墳墓の発掘・盗掘が当時の朝鮮人にとってどのように受け止められていたのか、また金冠塚から大量の遺物が発見されたことを契機として、慶州をめぐる観光がどのように変化していったのかについて、議論しました。また、金冠塚の再発掘調査成果をめぐっては、朝鮮半島の他地域における墳墓の構造との関係や、墳墓の構築過程でおこなわれる祭祀とその意味について、意見交換がおこなわれました。
 今回のシンポジウムは、あえて「国際シンポジウム」とはせず、日本国内からのみの参加を前提として準備を進めました。しかし、特別な広報をしなかったにもかかわらず、大韓民国などから20名近い参加者がありました。今回の経験をもとに、オンライン式による「国際シンポジウム」の可能性も、さらに追求していきたいと考えています。
 本シンポジウムのレジュメはこちらから入手できます。