「京都大学人文学連携研究者」制度について
京都大学は大学創設時以来、自然科学の研究・教育だけでなく、人文・社会科学の研究・教育の分野においても傑出した成果を上げてきました。2017年に文部科学省から「指定国立大学法人」の指定を受けた折にも、とくに京都大学については、わが国の人文・社会科学をけん引することが期待されるとされております。これを受けて、京都大学内で人文学の研究・教育を担う文学研究科、人間・環境学研究科、人文科学研究所の3部局は協議し、人文学の研究を一層推進するため、共同で「京都大学人文学連携研究者」の制度を設けました。人文学(社会学・心理学も含む)の研究をさらに深化させ国際化を推進するとともに、先端学術領域との連携も進展させて、京都大学が世界に向けて発信する「人文知の未来形発信」に寄与しうる基盤形成を図ることを目指しています。
本制度は、3部局の専任教員が受入教員となって、博士の学位を有する方またはそれと同等以上の卓越した研究能力を持つ方を連携研究者として受け入れるものです。審査と受入は3部局それぞれで行います。連携研究者となった方は、受入教員と連携しつつ定められた受入期間のうちに顕著な研究業績をあげて、京都大学からその成果を発信します。とくに人文学の研究を力強く進めている若手の研究者の方々が連携研究者となって、京都大学で、京都大学らしい研究を進めてくれることを設置3部局は期待しています。
本制度は2018年度より始まり、現在第6期の連携研究者を受け入れています。文学研究科では、下記の皆さんが連携研究者として活動しています。その成果は、本ホームページで随時発表してまいります。どうぞご期待ください。
年度 | 連携研究者氏名 | 受入教員氏名 | 研究題目 |
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2018 | 犬飼 由美子 | 出口 康夫 | 自己に関する哲学・哲学史的研究 |
安倍 里美 | 水谷 雅彦 | 理由の規範性と正当化の規範性の関係を解明する | |
山本 めゆ | 松田 素二 | 現代アフリカ社会におけるレイシズムとコローニアリズムの表象-ローズ像・ガンジー像の撤去運動から | |
山口 尚 | 海田 大輔 | 経験や決心という非因果的な要素で自由意志を分析する研究 | |
2019 | 田鍋 良臣 | 杉村 靖彦 | ハイデガー「黒ノート」の宗教哲学的研究 ― ユダヤ論をめぐって― |
黒羽 亮太 | 吉川 真司 | 朝廷文書からみた律令体制の展開過程 | |
徐 堯 | 落合 恵美子 | 福祉資本主義の多様性論による東アジア福祉国家の類型化 | |
2020 | 下田 和宣 | 杉村 靖彦 | ブルーメンベルクの受容理論を基盤とした宗教哲学 |
片田(孫) 晶 | 丸山 里美 | 現代日本における排除と包摂――貧困・福祉・教育の視点から | |
谷 雪妮 | 塩出 浩之 | 近代中国における外国語新聞と国際関係——トランスナショナルな情報流通と言論空間 | |
2021 | 楊 維公 | 木津 祐子 | 近世以降日本における中国の戯曲・小説の受容― |
増永 理考 | 金澤 周作 | 都市空間の形成にみるローマ帝国下ギリシア諸都市の歴史的展開 | |
2022 | 黄 沈黙 | 木津 祐子 | 浙江省南部における方言間の言語接触 |
天野 恭子 | 横地 優子 | ヴェーダ文献の言語および成立背景の研究 | |
法貴 遊 | 磯貝 健一 | カイロ・ゲニザ文書に見られるユダヤ・イスラーム間の知的交流 | |
松野 響 | 黒島 妃香 | 他者身体の視知覚認識についての比較認知科学研究 | |
石原 香絵 | ミツヨ・ワダ・マルシアーノ | アーカイブ映画研究(Archive and Archive Film Project) | |
2023 | 陸 穎瑤 | 緑川 英樹 | 十巻本『李商隠詩集』の研究―日本・韓国所蔵本を中心に― |
根無 一行 | 杉村 靖彦 | フランス現象学と「宗教哲学」―ポストコロニアル的視点からの再考 | |
藏口 佳奈 | 蘆田 宏 | 対人魅力評価と無意識的な身体反応の相互作用に関する検証 | |
黄 詩琦 | 成田 健太郎 | 呉宓と近代世界(一九二〇−一九四〇) | |
大西 琢朗 | 出口 康夫 | 「現前性」概念についての形而上学的・論理学的研究 | |
細川 真由 | 金澤 周作 | 戦間期フランス外交と戦争違法化―フランスの法学者による構想と越境的活動に着目して― |
連携研究者
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犬飼由美子 |
受入教員 | 出口康夫 |
専門分野 | 17th-18th century Modern Philosophy, Philosophy of the Self |
研究題目 | 自己に関する哲学・哲学史的研究 |
就任以来、2021年3月までの研究成果 | 【学会報告・学術講演】 Inukai Yumiko “Selection and Justification of the Nembutsu in Hōnen,” International Seminar of Japanese Philosophy: Towards the Ecological-Communitarian Self, National Autonomous University of Mexico, Mexico City, Mexico, November 2019 Inukai Yumiko “Cognitive and Affective Accounts of the Self in Hume,” International Workshop on Self: From Asia and Beyond, Kyoto University, Japan, June 2019 Inukai Yumiko “Humean Humanization of Sex Robot,” Social Impacts of Sex Robots and the Future of Human Relations, City University of Hong Kong, Hong Kong, June 2019. Inukai Yumiko “A Self as a Fictitious Agent,” International Roundtable Discussion on Self, Kyoto University, Japan, January 2019 |
就任以来の研究活動の説明 | 連携研究者と受入研究者は「自己」をテーマとする共同研究に従事している。この共同研究において、両者は、アジア思想をも参照するという点で軌を一にしつつも、前者は哲学史・思想史的アプローチを、後者は哲学的アプローチを採用することで、互いの研究を補完しあってもいる。また両者とも、現在、自己に関する英文の単著を執筆中であり、上記の共同研究の成果を、それぞれの著作に反映すべく、議論を重ねてきた。具体的には、定期的にスカイプ等を用いた遠隔対話を行なうとともに、2019年1月に京都大学、同5月に香港城市大学、同11月にメキシコ自治大学でそれぞれ開催された国際ワークショップに共に参加し、自己とそれに関連するテーマに関して研究発表を行なった。 また2020年度は前期後期を通じて、「自己」に関する遠隔の演習を合同で実施し、学生の教育に当たるとともに、共同研究を継続した。特に後期の演習ではアメリカを代表する哲学者 Jay Garfield の自己論についての新著の草稿を検討し、Garfield 本人をも交えた議論を行った。 |
連携研究者
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安倍里美 |
受入教員 | 水谷雅彦 |
専門分野 | 倫理学、とくにメタ倫理学 |
研究題目 | 理由の規範性と正当化の規範性の関係を解明する |
就任以来、2021年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著)安倍里美「義務の規範性と理由の規範性―J.ラズの排除的理由と義務についての議論の検討―」『イギリス哲学研究』42号、2019年3月、15-32頁 (単著)安倍里美「価値と理由の関係は双条件的なのか―価値のバックパッシング説明論の擁護―」『倫理学年報 』68号、2019年3月、215-229頁 (単著)安倍里美「侵襲性の高い予防的介入と無危害原則」『先端倫理研究』14号、2020年3月、forthcoming 【書評・新刊紹介、Webサイトでの発信等】 (書評)安倍里美「理由で倫理学をするということ」『豊田工業大学ディスカッション・ペーパー』20号、豊田工業大学人文科学研究室紀要、2021年3月、33-49 【学会報告・学術講演】 安倍里美「理由の規範性と非難」第1回非難の哲学・倫理学研究会、於石川四高記念文化交流館 安倍里美「行為者後悔と理由」第2回非難の哲学・倫理学研究会、於石川四高記念文化交流館、2020年3月 安倍里美「理由で倫理学をするということ―『メタ倫理学の最前線』第4章「行為の理由についての論争」について」、京都生命倫理研究会9月例会、於オンライン開催、2020年9月 安倍里美「理由を中心概念とするメタ倫理学が私たちに示しうるものは何か」、第21回一橋哲学・社会思想セミナー(2020年12月4日 於オンライン開催) |
就任以来の研究活動の説明 | 行為や態度の正当化についての私たちの常識的理解と理由概念の規範性とのあいだにあるギャップを埋めることによって、規範性の領域全体についての、理由を中心概念としたきめ細やかな説明が可能となるという見込みのもと、理由の規範性と正当化の規範性の関係の解明を目指した。とりわけ、義務についての諸概念と理由との関係を明らかにするという課題に注力し、義務と理由は還元ではなく基礎づけの関係として理解するべきであると論じた。さらに、この義務についての理解を、約束により相互に縛り合うことで自分たちの不完全さと折り合いをつけつつ世界と向き合うことを実現するという、私たちの実践のあり方の大きな枠組みの中に位置づけることで、義務の役割のポジティブな側面を浮かび上がらせることができると指摘した。 |
連携研究者
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山本めゆ |
受入教員 | 松田素二 |
専門分野 | 比較社会学―とくにアフリカにおける人種・民族関係 |
研究題目 | 現代アフリカ社会におけるレイシズムとコローニアリズムの表象-ローズ像・ガンジー像の撤去運動から |
就任以来、2020年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著)山本めゆ「性暴力被害者の帰還―引揚港における『婦女子医療救護』と海港検疫のジェンダー化」蘭信三・川喜田敦子・松浦雄介編著『引揚・追放・残留―戦後国際民族移動の比較研究』名古屋大学出版会、2019年11月、172-195頁 (単著)山本めゆ「<ジェンダーをめぐるキーワード>『引揚げ』とジェンダー」『ジェンダー研究』第14号、2019年、35-40頁 (単著)山本めゆ「(項目執筆)植民地主義―学生たちが照らす南アフリカのレガシーと未来」松本尚之・佐川 徹・石田慎一郎・大石高典・橋本栄莉編著『アフリカで学ぶ人類学』昭和堂、2019年11月、192-193頁 【書評・新刊紹介、Webサイトでの発信等】 (単著)山本めゆ「(書評)Pedro Miguel Amakasu Raposo de Medeiros Carvalho, David Arase and Scarlett Cornelissen, eds. Routledge Handbook of Africa- Asia Relations (London: Routledge, 2017) 」『アジア経済』第60巻第3号、2019年、81-87頁 【学会報告・学術講演】 (単独)山本めゆ「ガンジー像撤去要求運動『Gandhi Must Fall』の考察―南アフリカ史のアフリカナイゼーションとその余震」第56回日本アフリカ学会学術大会、於京都精華大学、2019年5月 (単独)山本めゆ「インターセクショナリティの視点で見る日本帝国体制下の戦時性暴力問題―語りが内包する多元的視点への注目・元満蒙開拓団の女性の事例から」第92回日本社会学会学術大会、於東京女子大学、2019年10月 【その他】 (学位論文)山本めゆ「アフリカ-アジア的視点によるレイシズム研究の可能性―南アフリカにおけるアジア系住民の位置の変遷に関する社会学的研究―」博士学位論文(文学)、2020年1月 |
就任以来の研究活動の説明 | 現代南アフリカにおけるレイシズムとコロニアリズムの表象をアジア系移民・住民の視点で捉え直すという目標のもと、当地の人種的な序列階梯において中間的に位置づけられたアジア系の人びとの差異化戦略が、いかに既存の秩序を動揺させつつ社会の再人種化を後押ししたのかを検討した。成果は博士学位論文「アフリカ-アジア的視点によるレイシズム研究の可能性――南アフリカにおけるアジア系住民の位置の変遷に関する社会学的研究――」として提出し、2020年1月に学位が授与された。 また、アフリカ各地で発生しているガンディー像撤去要求運動と、南アフリカに到来したインド系移民と移民規制に関する検討を行い、その成果は日本アフリカ学会における口頭発表や『アジア経済』掲載の書評を通して発表した。さらに、日本人の植民地経験と性暴力被害に関する研究として、「性暴力被害者の帰還――引揚港における『婦女子医療救護』と海港検疫のジェンダー化」等を発表した。 |
連携研究者
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山口尚 |
専門分野 | 哲学、西洋哲学、分析哲学 |
研究題目 | 経験や決心という非因果的な要素で自由意志を分析する研究 |
就任以来、2021年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 単著『哲学トレーニングブック――考えることが自由に至るために』(平凡社、2020年)を公刊する。これは自由意志にかんする文章を多数含む論考集であり、例えば第六章の「因果律は物自体の性質ではない」という論考は非因果説の意義を指摘するものである。 【学会報告・学術講演】 第2回非難の哲学・倫理学研究会(令和2年3月27日(金)、しいのき迎賓館セミナールームB)において発表「非難と人格――ギネットの非因果説の意義」を行なう。本研究会のプログラムは別紙のとおり。 【その他】 ウェブサービスnote上で「アンチ・ホッブズ――トーマス・ピンク『自由意志』(戸田剛文・豊川祥隆・西内亮平訳、岩波書店、2017年)における非因果説」を公表する。これは自由意志の非因果説を提示するピンクの著書『自由意志』(戸田他訳、岩波書店、2017年)の書評である。urlは次のとおり。 https://note.com/free_will/n/n7bb0b2b34d9c |
就任以来の研究活動の説明 | 連携研究員就任後の第1期は自由意志の非因果説の根本動機の明確化に取り組み、例えばトーマス・ピンクの著書の書評において《非因果説は一切の事物を因果の相のもとにとらえる近現代の「自然科学的」世界観へのオルターナティブとして提示されている》という点を確認した。今期(第2期)はこの点を踏まえて行為や責任の「反自然主義的な」立場の可能性を複数の角度から研究した。上記の『哲学トレーニングブック』がその成果であるが、そこでは自然主義的な傾向の強い議論を紹介しつつもそのうえで反自然主義的な立場の意義を強調した。《はたして自然科学で人間の行為を語り尽くすことはできるか》という問いへ「必ずしも語り尽くせない」と答えるのが同書の立場である。 |
連携研究者
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田鍋良臣 |
受入教員 | 杉村靖彦 |
専門分野 | 宗教哲学 |
研究題目 | ハイデガー「黒ノート」の宗教哲学的研究 ― ユダヤ論をめぐって― |
就任以来、2020年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著)田鍋良臣「ハイデッガーの信仰論――「黒ノート」に定位して」『哲學研究』第604号、2019年、54-92頁。 (単著)田鍋良臣「ハイデッガーの人種論――総長期の思索を中心に」『現象学年報』第35号、2019年、67-75頁。第8回日本現象学会研究奨励賞。 【学会報告・学術講演】 (単著)田鍋良臣「ハイデッガーにおけるユダヤ教と形而上学の問題」日本宗教学会第78回学術大会、於帝京科学大学、2019年9月15日。 |
就任以来の研究活動の説明 | 連携研究者はこれまで、ハイデガーの遺稿「黒ノート」のユダヤ論を、形而上学批判の観点から追究してきた。その際とくに注目したのは、イエスとフィロンに関する、いわゆる「存在史的」な位置づけである。「黒ノート」や演習などの記述から、両者の宗教経験が、形而上学とのかかわりを軸に対置できることがわかった。この視座はまた、ハイデガーが「旧約聖書の神学への寄与」と称する、「黒ノート」の唯一神批判に対しても新たな光を投げかけることになるだろう。現時点で言えることは、ハイデガーのユダヤ論は、反ユダヤ主義や人種主義、あるいはナチズムのような特定の主義・主張に回収できるほど素朴なものではない、ということである。その背景には、ハイデガー自身の出自や由来にかかわるとともに、事柄の性格上秘匿されなければならなかった、信仰と思索、宗教と哲学をめぐる込み入った問題が存している。 |
連携研究者
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黒羽亮太 |
受入教員 | 吉川真司 |
専門分野 | 日本史、とくに古代・中世史 |
研究題目 | 朝廷文書からみた律令体制の展開過程 |
就任以来、2021年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著)黒羽亮太「古代・中世寺院史研究における東安寺の射程」(菱田哲郎・吉川真司編『古代寺院史の研究』思文閣出版,2019年7月,pp.119-133) 黒羽亮太(著),曽堰杰(訳)「宗廟・皇祖・国史」(『日本文論』2020年第1輯(総3輯),2020年10月,pp.110-122) 【学会報告・学術講演】 (単著)黒羽亮太「宗廟・皇祖・国史-中日歴史交流-」国際シンポジウム「日本と東アジア:歴史の発展と文化の交流」清華大学,中国,2019年10月 |
就任以来の研究活動の説明 | 本研究は、中世・近世に作成され、現代に伝わっている「朝廷文書」の分析を通し、中世・近世に受け継がれた文書の書式や文書に関わる所作(例えば、ある文書を堂々と手に持って使うのか、コッソリと懐から取り出して使うのか、という違いは、それらの文書がどのような歴史的経緯を経て用いられることになったのか、その違いが現れていると考えられる)の中に、それを遡る古代の「伝統」を読み解こうというものである。この研究期間、とくに2020年は新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、海外へ調査・研究報告へ行くことも、国内の史料所蔵機関等に赴くことも全くかなわなかったのは、とても残念なことであった。しかし一方で、手元に集めておいた史料を読み直すきっかけにはなった。史料が限られている古代・中世史にあっても、まだまだ取り組むべき課題は多いと改めて実感した。一刻も早い疫癘の結束を願う。 |
連携研究者
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徐堯 |
受入教員 | 落合恵美子 |
専門分野 | 社会学、とくに福祉レジーム論の研究 |
研究題目 | 福祉資本主義の多様性論による東アジア福祉国家の類型化 |
就任以来、2022年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 徐堯、「後発福祉国家における介護意識の脱家族化:中国農村部調査データの分析から」、『家族社会学研究』第31卷1号、2019年、32-44。 徐堯、「中国農村部の福祉改革と住民の福祉意識」、 京都大学大学院文学研究科2020年度博士論文、2021年。 |
就任以来の研究活動の説明 | 就任以来は、中国の福祉国家化を主眼に置きながら、比較福祉国家研究における東アジア福祉国家の「座りの悪さ」といったチャレンジに直面していた。西欧出自の福祉レジーム論はしばしば後進的かつ同質的な東アジア福祉国家を想定したが、儒教福祉国家や「日本に視線を向けた」福祉レジームなど、理論的混迷が続いている。本研究は類型論的なアプローチと段階論的なアプローチを結びつき、福祉市場経済の多様性論を提起することによって、比較福祉国家研究の射程を拡げた。理論枠組みとしての福祉市場経済の多様性論は生産、福祉、再生産レジームの制度補完性に焦点を当てる。実証のレベルでは、OECD諸国と東アジア7社会を比較研究の対象とした階層的クラスター分析を行った結果、後発型、自由主義型、キャッチアップ・移行型、保守主義型、社会民主主義型からなる福祉市場経済の5つの世界が析出された。東アジア社会のうち、中国都市部と日本はキャッチアップ・移行型福祉市場経済に対応するが、中国農村部とアジアNIEsは後発型福祉市場経済に対応する。さらには、時系列分析を行ったところ、5つの世界は経路依存的に変化していたことがわかった。東アジア福祉国家の収斂と分岐を把握するとともに、本研究は中国農村部住民を対象に実施した調査のデータをもとに、後発型福祉市場経済の価値意識に接近した。 |
連携研究者
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下田和宣 |
受入教員 | 杉村靖彦 |
専門分野 | 宗教哲学、とくにヘーゲルとブルーメンベルク |
研究題目 | ブルーメンベルクの受容理論を基盤とした宗教哲学 |
就任以来、2021年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 下田和宣「ブルーメンベルクにおける宗教受容の哲学」、日本宗教学会編『宗教研究』、399号、2020年12月、1-23頁。 下田和宣「ヘーゲル絶対精神の哲学と現代実在論――あるいは現代の「ポスト・カント的」ヤコービ主義について」、日本ヘーゲル学会編『ヘーゲル哲学研究』、26号、2020年12月、60-72頁。 【学会報告・学術講演】 下田和宣「神を死者として思い出すこと――ブルーメンベルクの「哲学者の神の過剰」について」、宗教哲学会第12回学術大会、2020年9月5日。 下田和宣「ブルーメンベルクにおける「非概念性の理論」と「隠喩学」」、(ウェブ掲載・既発表扱い)日本哲学会第79回大会、2020年6月11日。 |
就任以来の研究活動の説明 | 「受容」をキーワードとして、ハンス・ブルーメンベルクの基礎研究を行った。連携研究者と受入教授の共通の専門である西洋宗教哲学の観点から、過去と現在を媒介する解釈学的出来事としての「受容」が持つ哲学的意義について、初期「隠喩学」から中期「非概念性理論」へのブルーメンベルクの思想形成展開の過程と、晩年の著作『マタイ受難曲』の分析を通じて明らかにした。「受容」の概念はブルーメンベルクが組織した研究グループ「詩学と解釈学」に共通の主題であったが、そうした共同討論の場のなかで、この概念に集約される人間学的考察がブルーメンベルクにおいて深められていくことを確認した。これらの作業によって、歴史的存在者が獲得しうる根源性というテーマを、初期から晩年に至るまで通底するブルーメンベルク独自の問題圏として位置づけ、その宗教哲学的意義に関するさらなる考究への視座を開いた。 |
連携研究者
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片田(孫)晶 |
受入教員 | 丸山里美 |
専門分野 | 人種・エスニシティ研究 |
研究題目 | 現代日本における排除と包摂――貧困・福祉・教育の視点から |
就任以来、2021年3月までの研究成果 | 【学会報告・学術講演】 (単独)「在日朝鮮人教育における差異の意味をめぐる政治――反差別の教育へ向かうために」異文化間教育学会第41回大会、於国際教養大学、2020年6月 (単独)「共生における『民族』の意味をめぐる考察」第36回日本解放社会学会大会、Zoomによるオンライン開催、2020年9月 【その他】 2020年12月12日にオンライン開催された日朝関係史講座(同志社大学KOREA文化研究会主催の市民公開講座)において、京都市北区の事例を中心に歴史的に「不法占拠」とされる周縁化された集落をめぐる社会的課題についての講義を担当。 |
就任以来の研究活動の説明 | 日本における多文化社会、「多文化共生」の歴史的文脈を検討するため、周縁化された人々としての在日朝鮮人、および、彼らと深く関わり合い協働してきた日本人アクターの両者の経験とコミュニティ実践の歴史を探求テーマとして、ともに多文化共生の先駆例として知られる京都・川崎両地域の在日朝鮮人集住地域における社会活動と言説資源の蓄積に関する比較調査に取り組んだ。両地域は、経済的に周縁化された人々のバラック集落の形成や、キリスト者アクターの存在、エスニシティを横断したコミュニティ実践と普遍的な「人権」言説の蓄積などの共通点を持つが、京都市東九条地域においてはこうした歴史的経験の中で近年は「幅広い多文化共生」と称されることもある多元的・交差的な文化表象、社会的介入の思想と実践が蓄積されているため、文献資料およびインタビュー調査によりその特徴を検討した。川崎地域における反差別運動についてはこれまでのところ文献調査のみを行った。 |
連携研究者
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谷雪妮 |
受入教員 | 塩出浩之 |
専門分野 | 東アジア近現代史、思想史 |
研究題目 | 近代中国における外国語新聞と国際関係——トランスナショナルな情報流通と言論空間 |
就任以来、2022年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著)谷雪妮「橘樸による中国「社会」の発見——第一次世界大戦後の中国商人の民治運動に対する観察をもとに」村上衛編『転換期中国における社会経済制度』京都大学人文科学研究所、2021年、341-381頁 (単著)谷雪妮「橘樸による「自我」の探求と中国評論——日中思想界の同時代性と差異に注目して」『史林』第104巻第5号、2021年、31-68頁 【書評・新刊紹介、Webサイトでの発信等】 (単著)谷雪妮「近代中国における外国語新聞と国際関係——トランスナショナルな情報流通と言論空間」三島海雲記念財団編『研究報告書』第58号、2021年、1-3頁 【学会報告・学術講演】 (単独)谷雪妮「橘樸における生存権のデモクラシーと東アジア」日本思想史学会2020年度大会・ オンライン開催(2020年11月8日) (単独)谷雪妮「橘樸の人物像の再構成——大正知識人、民族誌家、社会民主主義者」京都大学人文科学研究所「20世紀中国史の資料的復元」共同研究班例会(2020年11月27日) (パネル発表)谷雪妮「文化交渉の視点からみる橘樸の王道論」東アジア日本研究者協議会第五回国際学術大会、パネル7「20世紀前半の東アジアにおける異文化交渉: 文学・宗教・思想」(2021年11月27日)【その他】 (コメンテーター)金丸裕一「史料としての『花甲録』——特に戦時期の検証」京都大学人文科学研究所「20世紀中国史の資料的復元」共同研究班例会(2020年7月3日) (評者)京都大学文学研究科・人文知連携共同研究会「グローバル視点の近代史教育」主催『歴史学の縁取り方——フレームワークの史学史』書評会(2021年3月13日) (コメンテーター)高嶋航「満洲スポーツ史の基礎資料とその問題点」京都大学人文科学研究所「20世紀中国史の資料的復元」共同研究班例会(2021年6月18日) (ディスカッサント)“The Age of Monarchy/Monarchy for the Ages: Revisiting Monarchy from a Comparative Perspective”, ヨーロッパ日本研究協会(EAJS) 2021年代大会, 国際次世代ワークショップ (2021年8月26日) |
就任以来の研究活動の説明 | 本研究は近代中国で刊行された日本語・英語・中国語新聞の間におけるトランスナショナルな情報・知識・思想の流通と、それにともなう多様な議論の展開に注目している。とくに中国を拠点としていた日本人ジャーナリスト橘樸に焦点を当てた。従来の研究は「日本の中国認識」や日中関係といった両国間に限定した枠組みで橘を捉えていたのに対し、本研究は1920年代における橘の言論活動の背後にある多言語的な言論空間・思想空間にスポットライトを当てて、橘が多言語的・多国籍的な情報源を通じて、日本の内地ではあまり知られていなかった第一次世界大戦後の中国商人の自治運動に注目していたことなどを明らかにした。さらに、橘の事例を検討することを通じて、英語新聞および英語圏の世論を視野にいれた多言語的・多国籍的な言論空間の中に、さらに世界の思想潮流を背景とした同時代性と差異の視点から、日中関係および日中思想界の相関性を考察することの必要性を提示した。 |
連携研究者
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楊維公 |
受入教員 | 木津祐子 |
専門分野 | 中国文学、とくに戯曲・小説およびその日本での受容 |
研究題目 | 近世以降日本における中国の戯曲・小説の受容 |
就任以来、2022年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著)(単著)楊維公「詩で読む伝奇――和刻本『蒲東崔張珠玉詩集』と江戸時代における西廂故事の伝わり方の可能性――」、『中国文学報』第九十四冊、中国文学会、2021年、1-30頁 (単著)(単訳)楊維公訳『杜甫:超越憂愁的詩人』、生活・読書・新知三聯書店、2022年1月、188頁(中国語)(原著:興膳宏) |
就任以来の研究活動の説明 | 連携研究者は、文学作品がいかに読まれたかということを着眼点として、近世以降日本で作られた文献資料を調査・整理し、そこに見られる中国の戯曲および小説の抄出、転記ないし和訳を通して、中国の戯曲・小説の日本での受容の様相を明らかすることを研究の目的としている。就任以来、主に江戸時代における中国戯曲の受容および中国戯曲テキストの整理という二つの側面から研究を進めてきた。まず、和刻本『蒲東崔張珠玉詩集』という江戸時代に刊行された『西廂記』の故事を詩の形式で記した書物を中心に考察し、研究成果を論文として公刊した。また、受入教員とともに、元雑劇「燕青博魚」の訳注を次年度内の公刊を目指しながら作成している。さらに、現在の日本人研究者による中国文学の読まれ方を中国へ紹介するために、研究書の中国語への翻訳にも力を入れており、日本の研究成果の世界的共有に努めている。 |
連携研究者
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増永理考 |
受入教員 | 金澤周作 |
専門分野 | 西洋史、とくに古代ギリシア・ローマ史 |
研究題目 | 都市空間の形成にみるローマ帝国下ギリシア諸都市の歴史的展開 |
就任以来、2022年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (共著)増永理考「ローマ帝国に生きるギリシア人の苦悩とその超克」南川高志、井上文則編『生き方と感情の歴史学――古代ギリシア・ローマ世界の深層を求めて』山川出版社、2021年4月、259-282頁。 【書評・新刊紹介、Webサイトでの発信等】 (書評)増永理考「堀賀貴編『古代ローマ人の都市管理』九州大学出版会、2021年」『図書新聞』3530、2022年2月。 【学会報告・学術講演】 増永理考「色めく都市――ローマ帝国下小アジアにおけるギリシア都市の相貌」新学術領域研究「都市文明の本質」 C01 計画研究 05 第 21 回研究会「ローマ都市 西アジア都市との比較考察に向けて」オンライン開催、2021年6月。 増永理考「ローマ帝国下ギリシア世界における弁論――「現在」をまなざす回路」古代史研究会特別研究集会「古代ギリシア史研究の現在地――古典期・ヘレニズム期・帝政期の対話」オンライン開催、2021年7月。 増永理考「ローマ帝政前期小アジアにおける貨幣と都市――建築物と競技祭の図像をめぐる数量的分析」西洋史研究会大会(オンライン開催)、2022年11月。 【その他】 (研究紹介)増永理考「ローマ帝国に生きるギリシア都市を追って」『現代思想』49-10、2021年8月、262頁。 |
就任以来の研究活動の説明 | 本研究は、ローマ帝国支配下のギリシア都市社会の実態、ならびにそこから浮かび上がる帝国支配のあり方を、都市空間の側面から解明するものである。前年度は、当該期の諸都市で隆盛した弁論活動を都市空間という同時代的文脈に位置づけることに試みた。2世紀のギリシア人弁論家アリステイデスによる弁論をもとに、その主張がどのような空間的文脈で展開されているかを吟味し、公的空間と弁論の関係性や、帝国支配の一端を担うとされる都市エリートの実状を考察した。今年度は、対象を貨幣に移し、公共建築物をはじめとする都市空間の構成要素を諸都市がいかに表象しようとしたかを検討した。分析の結果、都市における空間形成の実際的動向と貨幣による表象は対応関係になく、後者には、帝国の文脈に依拠しない、都市の宗教的側面を強調する独自の律動があることを明らかにした。現在、以上の成果の論文化に努めているとともに、年度末には、京都大学の藤井崇准教授が受入予定であるイスタンブル大学のHamdi Şahin先生、および日本の研究者を交えて、小アジアのギリシア系都市に関わる史資料の利用可能性について議論するワークショップの開催を計画している。 |
連携研究者
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黄沈黙 |
受入教員 | 木津祐子 |
専門分野 | 中国語学、とくに漢語方言の研究 |
研究題目 | 浙江省南部における方言間の言語接触 |
就任以来、2023年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (論文)「泰順蛮講の音韻体系」『シナ=チベット系諸言語の音声現象』頁1-42、京都大学人文科学研究所(2023年9月刊行予定) 【学会報告・学術講演】 黄沈黙「泰順蛮講の否定詞」55th International Conference on Sino-TibetanLanguages and Linguistics、2022 年9 月17 日。 |
就任以来の研究活動の説明 | 国際渡航制限の影響で、中国に行って方言のフィールド調査を行うことができなかったのは残念に思う。しかし、発表された先行研究などの資料を利用し、閩東方言の文法に関する理解を深めることができた。この一年間、方言間の比較を通じて、特に集中して分析したのは蛮講(浙江省泰順県で話される方言の一つ)の否定表現である。蛮講の否定表現に見られる大きな特徴の一つは、存在・所有の否定に使われる否定動詞(その後に名詞が続く)と実現に対する否定を表わす否定副詞(その後に動詞が続く)は異なる形式のものが用いられていることである。また、蛮講において「いらない、〜する必要ながない、〜しないでください」の意味を持つ否定詞m̩33 ma33に関して、そのm̩は蛮講の一般否定の否定詞不 [ŋ̩33]に由来しないことを指摘した。ICSTLL-55にて以上の内容を含め、蛮講の否定表現について報告した。 |
研究状況と見通し | a.蛮講と周辺方言の指量名構造を主な研究対象にし、南部呉語と閩東方言に見られる指量名構造における異同を分析する予定である。さらに、蛮講において、標準漢語の「的」に相当する文末の「个」の特殊用法を明らかにしたい。次年度はまず蛮講の語彙表を雑誌で公開する予定になっており、指量名構造に関しては国際学術会議で報告する予定である。 b.蛮講方言について着実に研究を進めた。9月に開催されたICSTLL-55での口頭発表はその成果の一つであり、雑誌に投稿予定の語彙表は、博士論文で扱った内容から大きく前進した内容となっている。次年度の計画に挙げている「指量名構造」は、受入研究者である木津自身もかつて論文で扱ったことがあり、今後、研究内容に対する意見交換も行っていく予定である。 |
連携研究者
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天野恭子 |
受入教員 | 横地優子 |
専門分野 | インド古典学、特にヴェーダ祭式文献 |
研究題目 | ヴェーダ文献の言語および成立背景の研究 |
就任以来、2023年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (単著) Amano, Kyoko. “Interconnecting Glimpses of Vrātya Culture in Ancient India” Orientalistische Literaturzeitung, vol. 117, no. 2, 2022, pp. 91-97. https://doi.org/10.1515/olzg-2022-0034 【学会報告・学術講演】 Amano, Kyoko / Natsukawa, Hiroaki. “Visualization of the relationship among Vedic texts and observation of the development of Yajurveda texts”. A Three Day International Seminar on Paninian Grammar & its Applications 13-15 February 2023. Central Sanskrit University, Ganganath Jha Campus, Prayagraj, UP. 2023/2/14. Hellwig, Oliver / Sellmer, Swen / Amano, Kyoko. “The Vedic corpus as a graph. An updated version of Bloomfield’s Vedic Concordance”. The 18th World Sanskrit Conference 2023. 9-13 January 2023. The Australian National University, Canberra. 2023/1/12. Amano, Kyoko. “Āprī verses and prayājas in the Maitrāyaṇī Saṁhitā, and their relationship to the Ṛgveda khila.” Special Panel “Maitrāyaṇī Saṁhitā. Its history, background and relation to the other Vedic texts” (organized by Kyoko Amano). The 18th World Sanskrit Conference 2023. 9-13 January 2023. The Australian National University, Canberra. 2023/1/9. 【その他】 (国際学会特別部会主催) Special Panel “Maitrāyaṇī Saṁhitā. Its history, background and relation to the other Vedic texts” (organized by Kyoko Amano). The 18th World Sanskrit Conference 2023. 9-13 January 2023. The Australian National University, Canberra. 2023/1/9. (一般公開講演会の企画・開催) 一般公開講座「仏教とその源流」:川崎大師京都別院笠原寺にて、一年に数回に講師を招き、仏教や宗教についての幅広い講演を一般聴衆向けに行う。2022年度は、4月、6月、11月に開催した。2023年度も引き続き開催する。 (一般公開講演)「インド精神文化の源をたどる―ヴェーダの宗教と私のインド紀行―」一般公開講座「仏教とその源流」第8回講演会、川崎大師京都別院笠原寺. 2022/11/27. |
就任以来の研究活動の説明 | 古代インドの祭式文献ヴェーダの一つであり、紀元前9世紀頃に編纂が始まったとされるマイトラーヤニー・サンヒターの基礎研究(原文校訂、ドイツ語訳、注釈)および、そこから発展する、同文献成立の社会的・文化的背景についての研究を2本の柱として、研究を進めている。 基礎研究としては、科研費基盤B「マイトラーヤニー・サンヒターの基礎資料の完全整備」の枠内での研究会、Elia Weber氏(ベルリン自由大学)の博士論文指導を兼ねた共同研究、文学研究科インド古典学の授業および勉強会において読解を行い、原文校訂と訳注の作業を進めた。 文献成立の社会的・文化的背景については、Digital Humanitiesの手法を用い、統計的言語分析とその可視化によって、マイトラーヤニー・サンヒターより以前および同時代の文献群との関係についての考察を進めた。本研究は国際共同研究強化Bのプロジェクトとして展開しており、情報学の夏川浩明氏(大阪成蹊大学)、Oliver Hellwig氏(ケルン大学)他と、共著論文を発表した。 ここ数年の研究によりマイトラーヤニー・サンヒターの新しい研究の局面を開きつつあることから、同文献の成立についての新しい理解を学会での議論に問う時と考え、国際学会での特別部会の開催に向けて準備してきた。2023年1月に行われた第18回国際サンスクリット学会において、Special Panel “Maitrāyaṇī Saṁhitā. Its history, background and relation to the other Vedic texts”を、日本、インド、ベルギー、フランスからの計6名のメンバーで開催した。 |
連携研究者
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法貴遊 |
受入教員 | 磯貝健一 |
専門分野 | 中世イスラーム史、中世ユダヤ史 |
研究題目 | カイロ・ゲニザ文書に見られるユダヤ・イスラーム間の知的交流 |
就任以来、2023年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (著書)法貴遊「イスラームにおける清浄と不浄」中尾世治、牛島健編『講座サニテーション学』、北海道大学出版会、2023 年、181–184 頁。 (論文)Yu Hoki, “Synchronic and Diachronic Factors Influencing Medieval Arabic Medical Practice: A Study of Ophthalmological Fragments Found in the Cairo Genizah,” Bulletin of the History of Medicine 96, no. 1 (2022): 1–33. (論文)法貴遊「カラームの学における言語的パラダイムに関するユダヤ・イスラーム間の論争について」『イスラム世界』98 (2023)(掲載決定)。 【学会報告・学術講演】 法貴遊「アブー・フサイン・バスリーによるカラームの学批判について」日本宗教学会第81回学術大会、2022 年9 月11 日。 法貴遊「イスラームにおける話し言葉と書き言葉:クルアーンからイブン・スィーナーまで」第3回探険・哲学叢林(未来哲学研究所)、2022 年10 月28 日。 法貴遊「カラームの学でアラビア語が規範となっていることに関するユダヤ・イスラーム間の論争について」日本オリエント学会第64 回大会、2022 年10 月30 日。 法貴遊「オラリティがイスラーム思想に提起する諸問題」イスラームにおけるリテラシーとオラリティ研究会、2023 年3 月27 日。 |
就任以来の研究活動の説明 | カラームの学(ʿilm al-kalām)という学問は、しばしば「イスラーム神学」と日本語訳される。バスラで発達したカラームの学は、古典アラビア語文法に基づく言語分析を採用し、アラビア語圏のユダヤ思想にも絶大な影響を与えた。この言語分析は、言明を文法要素に分解し、各要素に原子的事実を対応させる点が特徴である。今年度の研究は、ユダヤとイスラームのカラーム文献を解読し、1) 主語に対する行為・性質の述定方法 2)この述定方法が因果関係の概念に与えた影響を解明した。この結果、イスラーム内部ないしユダヤ内部で、アラビア語という言語をカラームの学の中でどのように理解するのかについて意見が割れていたことが明らかになった。従来の思想史研究は「イスラーム思想」や「ユダヤ思想」、もしくは「ムウタズィラ学派」や「アシュアリー学派」といった宗教や学派で思想内容を分類していたが、言語理論に着目することで、宗教や学派の区別とは異なる観点から、「アラビア語圏の思想史」を分析できるかもしれない。 |
連携研究者
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松野響 |
受入教員 | 黒島妃香 |
専門分野 | 比較認知科学、視知覚認識の研究 |
研究題目 | 他者身体の視知覚認識についての比較認知科学研究 |
就任以来、2023年3月までの研究成果 | 【著書・論文・研究ノート】 (分担執筆) 松野響, 『色の知覚と認識』(日本霊長類学会編「霊長類の百科事」6―2) 丸善出版, 2023年7月刊行予定, 2ページ (分担執筆) 松野響, 『知覚的補完』(日本霊長類学会編「霊長類の百科事」6―4) 丸善出版, 2023年7月刊行予定, 2ページ (分担執筆) 松野響, 『概念』(日本霊長類学会編「霊長類の百科事」6―12) 丸善出版, 2023年7月刊行予定, 2ページ 【学会報告・学術講演】 松野響 (2022) 『カテゴリーラベルの使用について: フサオマキザルとヒトの比較研究』, 日本基礎心理学会第40回大会, 12月2-4日, 千葉大学西千葉キャンパス Toyomi Matsuno, Hika Kuroshima (2022). “Visual recognition of object-directed actions in capuchin monkeys (Sapajus apella)”, 82th Annual Meeting of the Japanese Society of Animal Psychology, October 15-16, Azabu University (Online) 【その他】 松野響(2022). 『リング格子錯視』, 第14回 錯視・錯聴コンテスト 入賞, 錯視・錯聴コンテスト審査委員会 |
就任以来の研究活動の説明 | 社会的認知の基礎となる身体的な他者認識の普遍性と種独自性を明らかにするため、フサオマキザルを対象とする比較研究をおこなった。本年度は、他者と物体の関係についての視覚情報をフサオマキザルがどのように構造化・統合して知覚しているのかを検討するための視知覚認知実験を実施し、サルは他者身体による物体志向の行為の視知覚弁別課題を習得するために長期の訓練を必要とすること、特に、ヒト成人とは異なり、行為を観察する視点が変わると同一の行為であると識別することが難しいという知覚認識上の制約があることを明らかにした。また、その一方で、フサオマキザルもそれらの場面から行為の主体、行為対象、行為の種類、という三つの情報について、それぞれ個別に知覚認識し回答することができること、また、それら3種類の情報を一度の観察によって同時に保持することができることを明らかにした。この結果は、フサオマキザルが他者身体と環境との関係性の構造を把握するための基礎となる知覚認識能力の一部をヒトと共有することを示唆している。 |
連携研究者
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石原香絵 |
受入教員 | ミツヨ・ワダ・マルシアーノ |
専門分野 | アーカイブズ学、とくに映画保存とフィルムアーカイブ史の研究 |
研究題目 | アーカイブ映画研究(Archive and Archive Film Project) |
就任以来、2023年3月までの研究成果 | 【学会報告】 石原香絵「地域映像アーカイブとの対話──福岡・広島の事例を中心に」、表象文化論学会第16回大会(パネル「映像アーカイブ考察──福岡、広島、ソウル、そしてヨーロピアナから学ぶこと」)、2022年7月3日 【その他】 (研究発表)「日本における地域映像アーカイブの現状と課題」、デジタルアーカイブの未来研究III(新潟大学)、2023年3月23日 (技術指導)北東インド視聴覚アーカイブ視察、2023年3月6〜12日(山形国際ドキュメンタリー映画祭、笹川平和財団アジア・イスラム事業グループ) (トークゲスト)神戸クラシックコメディ映画祭、2023年1月(オランダEYE映画博物館所蔵『恋に国境なし』解説) (ゲストプログラマー)「『フィルム 私たちの記憶装置』上映と解説」、「シンポジウム:デジタル映像アーカイブの未来研究「8mmフィルムの可能性」篇」、神戸発掘映画祭2022(神戸映画資料館)、2022年10月15日・16日 (コメンテーター)「映像文化遺産のアーカイブの倫理学 戦争遺跡とポルノグラフィをめぐって」、第73回日本倫理学会大会、2022年9月30日 |
研究状況と見通し | 2023年1月よりDNP文化振興財団の助成を得て国内地域映像アーカイブ所蔵ノンフィルム資料の現地調査に着手。4月より山形ドキュメンタリーフィルムライブラリーの「移転に伴う収蔵物デジタル化プロジェクト」を担当。(翻訳)パオロ・ケルキ・ウザイ著『無声映画入門』(美学出版)5月刊行予定、(分担執筆)根本彰他編『図書館情報学事典』(丸善出版)6月刊行予定。 |
受入研究者/ワダ・マルシアーノの連携研究者の研究状況についてコメント | 石原氏は日本における映画アーカイブ部門の第一人者であるだけでなく、非常に活発に研究活動をされていることが、上記の就任依頼から2023年3月末までの研究成果をご覧になっても自明だと思います。2022年度からは東大での学術専門職員のポジションもこなしながら、人文学連携研究のリサーチとも並走する形で活躍されました。またそれだけでなく、新潟、北東インド、神戸、福岡他、多くのアーカイブにでかけ、実際にそこで働く人々とのネットワーク形成もこの一年間に積極的にされました。 一方、昨年度末に人文学連携研究者を募集した時点では、前年度同様、わずかばかりではありますが研究費が支給される可能性があるとのことだったのですが、実際には無支給ということになり大変残念でした。石原さんの様に、図書館使用等が目的ではなく、実質的に京大の教員と連携研究をしたいと考えている方々にとっては、交通費もお支払いできない状態では、なかなか人文学連携研究者のポジションを今後意味深いものにするのは難しいのではないかと痛感した一年間でした。 |
連携研究者
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陸穎瑤(リク エイヨウ) |
受入教員 | 緑川英樹 |
専門分野 | 中国文学、とくに古代東アジアにおける唐代文学の流伝に関する研究 |
研究題目 | 十巻本『李商隠詩集』の研究―日本・韓国所蔵本を中心に― |
就任以来、2023年9月末までの研究成果 | なし |
就任以来、研究活動の説明 | 就任以来の半年間、主として以下の2点に関して研究活動を進めた。 一、『李商隠詩集』の流伝状況。五代期では、呉越国において李商隠詩の一部からなる詩集がすでに流行していた。両宋の書誌目録は多く三巻本の『李商隠詩集』を著録するが、晁公武『郡斎読書志』は李商隠の詩文別集について「詩五巻」と記している。明代に至って、祁承㸁『澹生堂蔵書目』には「李義山詩集十巻 二冊」と著録され、これが朝鮮本と同一の書物であるか否かは不明であるが、中国本土でも十巻本の詩集がかつて存在したことが知られる。また、朝鮮本『李商隠詩集』の著録としては、傅増湘『蔵園群書経眼録』巻一二に「李商隠詩集十巻。朝鮮古刻本、九行十七字、有補残五葉」とある。 二、高麗時代の李商隠詩享受。高麗時代の文人が李商隠詩を読み、その詩風を模倣する事例をいくつか確認できた。たとえば、李斉賢(1288-1367)は「読李義山集和蜂詩」という、李商隠「蜂」詩に次韻する詩を作り、また閔思平(1295-1359)は「蜂和益斎次李義山詩韻」を作った。李斉賢は詩話『櫟翁稗説』において、同時代の詩人・陳澕の「詠柳」詩が李商隠の「柳」に模倣して作ったと指摘したこともある。このように、李商隠の詩が高麗時代の文人たちに愛読されたことが明らかであり、当時、李商隠の詩集がすでに朝鮮半島まで伝わったと推測できる。 |
研究状況と見通し | 韓国に所蔵される『李商隠詩集』を調査する予定がある。また、清・席啓寓刊「唐詩百名家全集」所収李商隠集、銭謙益写校本など、宋代の三巻本の原貌をある程度保つ善本を用い、朝鮮本の校勘をおこない、最終的に「日韓所蔵十巻本『李商隠詩集』考」と題する論文を完成したい。 |
連携研究者の研究状況について、受入研究者のコメント | 受入後わずか半年のあいだ、陸さんは主に就職活動や帰国準備に忙殺され、論文や学会発表というかたちで具体的な成果をあげるに至っていない。しかし、基礎作業は着実に積み重ねており、今後、新たな所属機関において、引き続き関連する研究課題にとりくむことを期待したい。 |
連携研究者
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細川真由 |
受入教員 | 金澤周作 |
専門分野 | 西洋史学、とくに近現代ヨーロッパ国際関係史研究 |
研究題目 | 戦間期フランス外交と戦争違法化 ―フランスの法学者による構想と越境的活動に着目して― |
就任以来、2023年9月末までの研究成果 | 【学会報告・学術講演】 (単独)細川真由「戦間期フランス外交とヨーロッパ集団安全保障 1920-1929年」第9回統合史研究会、2023年4月22日。 |
就任以来、研究活動の説明 | 本研究の目的は、19世紀末から1929年までの時期を対象に、国際仲裁による国際紛争の平和的解決をめぐるフランスの法学者の構想と活動に焦点を当てることにより、第一次世界大戦後のヨーロッパにおける戦争違法化の発展とその意義を、フランス政治外交史研究と法思想史研究の両面から明らかにすることにあった。 2023年度前期には、19世紀後半から第一次世界大戦勃発(1914年)までの時期を対象に、国際仲裁の制度化の萌芽と発展の様相に関する研究を進めた。具体的には、1899年・1907年に開催された万国平和会議において、国際紛争平和的処理条約が採択され、常設仲裁裁判所が設立されるまでの外交的プロセスと、その背景となった、知識人の構想の様相を解明するべく、先行研究の整理を行うとともに、フランス国立図書館やパリ・ナンテール大学現代史史料館等のデジタルアーカイブを利用して、必要な一次史料を収集し、分析した。本研究の成果は、今後、学術論文および学会発表において公表する予定である。 |