西洋美術史 研究プロジェクト

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「作品における制作する手の顕在化」をめぐる歴史的研究

平成25年度~平成29年度科学研究費助成事業基盤研究(B)

本研究プロジェクトの目的
「絵筆の偉大なる機敏さと猛威」。ルーベンスの躍動感溢れる描写法を讃えた、17世紀の批評家ベッローリの言葉はあまりにも有名である。この系譜を引く価値観は今日広く定着し、絵画画面に見られる筆触、あるいは鑿の跡も露わな彫刻の表面は、芸術家の力強い創造行為の証として、繰り返し賞賛されてきた。では、歴史的に見たとき、「作品における制作する手の顕在化」を評価する思想はどのように成立したのか。それには、工房制作に対する疑念と、親方画家の自筆作品への欲求が大きな役割を果たしたのではないか、という新しい視座を含む様々な観点から、こうした芸術観がどのように展開し、いかなる作品の創造へと繋がっていったのかを詳細かつ包括的に検証する。

研究の5つの視点
本研究プロジェクトは次の5つ視点のもとに進められる。
1.芸術家工房内の手本、資料の様相
西洋でも日本でも芸術家の工房では、さまざまな手本が蓄積されていて、弟子の教育や作品の制作のための資料として用いられた。この種の資料の類には、一般にさほどの完成度は要求されなかったと推測される。完成作との関係に着目しつつ、これらの手本、資料の様式的、美的特徴を検討する。
2.創造の初発性を重視する美術理論と作品の評価基準
既にルネサンスの時代に、レオナルドは、スケッチは、まさに構想が具体的な形へともたらされる最初の瞬間を露わにする、と述べていた。インスピレーション、始原性、初発性を重視する美術理論が、どのように論じられ、またそれはどのような作品の評価に結びついたのかを検討する。
3.「粗い様式」と「精緻な様式」
ドラクロワが、作品は、完成され、すべての部分が調整されてしまうと、想像力を停止させ、束縛してしまうので、スケッチのほうがより好ましい、と述べていたことはよく知られている。この主張は、「粗い様式」礼讃や、未完成作品の評価にも繋がった。こういったロマン主義的思想の成立と、それとは逆の「精緻な様式」を評価した芸術観との対立について考察する。
4.制作する芸術家の手の痕跡を強調する技法
銅版画の技法でも、エングレーヴィングとは異なり、エッチングは、素描と同様に作者の筆触が直接に現れる技法であり、芸術家によるこの技法の選択は、意図された様式的効果と密接に関連すると推測される。また、東洋には、指頭画のように、まさしく指で描くという技法が知られているし、彫刻でも、敢えて仕上げ層を施さないことで制作者の手の痕跡を示す作品がある。そのような手の痕跡を強調する技法の特徴とその背後にある思想を検討する。
5.美術市場における素描・スケッチの流通
芸術家は完成作だけを公開、流通させ、制作の準備段階のための素描やスケッチは隠匿するという伝統があった。だが、西洋では近世以降の芸術家礼讃の高まりとともに、この種の習作類が市場に出回り、美術愛好家の収集の対象となっていく。習作がどのような形で鑑賞されるようになったのかを探る。

研究組織
中村俊春(研究代表者, 京都大学, 17世紀フランドルおよびオランダ絵画)
永井隆則(京都工芸繊維大学, フランス近現代美術)
阿部成樹(中央大学, フランス18~19世紀美術)
吉田朋子(京都ノートルダム女子大学, フランス18世紀美術)
深谷訓子(京都市立芸術大学, オランダ17世紀美術)
平川佳世(京都大学, 北方ルネサンス美術)
剱持あずさ(近畿大学, イタリア・ルネサンス美術)
根立研介(京都大学, 日本仏教彫刻)
安田篤生(愛知教育大学, 室町~江戸初期の絵画)
宮崎もも(大和文華館, 江戸絵画)

研究会など

  • 研究成果報告書刊行のお知らせ
    本科研に関わる論文11編を収録した研究成果報告書2冊を刊行しました。
    Toshiharu Nakamura (ed.), Kyoto Studies in Art History, vol. 2: Appreciating the Traces of an artist’s Hand, Department of Aesthetics and Art History, Graduate School of Letters, Kyoto University, Kyoto, 2017.
    中村俊春編『作品における制作する手の顕在化をめぐる歴史的研究』平成25年度~平成29年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書, 2017年.
  • Kyoto Art History Colloquium: Appreciating the Traces of an Artist’s Hand のお知らせ
    下記のとおり国際コロッキウムを開催します。どなたでも来聴できますので、興味のある方は、是非、ご参加ください。
    日時 2016年9月25日(日)10時-18時20分
    場所 京都大学文学部新館 地下大会議室 (構内マップの「8文学部校舎」地階です)
    連絡先 平川佳世(hirakawa.kayo.6z*kyoto-u.ac.jp) (*を@に変えてください)
    プログラム
    10:00 Welcome
    10:10 Kayo Hirakawa (Kyoto University), “Albrecht Dürer’s The Desperate Man: Fleeting Images and the Creating Hand”
    10:50 Toshiharu Nakamura (Kyoto University), “Rubens and the History of the Oil Sketch”
    11:30 Nils Büttner (Stuttgart State Academy of Art and Design), “Rubens’s Hands: On Copies and Their Reception”
    12:10 Lunch
    13:30 Michiko Fukaya (Kyoto City University of Arts), “An Examination of the Connection between Rough Brushstrokes and Vulgar Subjects in Seventeenth-Century Netherlandish Painting”
    14:10 Gregor J. M. Weber (Rijksmuseum Amsterdam), “34 Paintings by Rembrandt in Kassel: The Question of Authenticity in an Eighteenth-Century Collection”
    14:50 Tomoko Yoshida (Kyoto Notre Dame University), “Genius, Inspiration and Hands: Pre-Romantic Image of Artists in Eighteenth-Century French Painting”
    15:30 Coffee Break
    16:00 Nicole R. Myers (Dallas Museum of Art), “Originality, Spontaneity, and Sincerity: The Rise of the Sketch in France at the Turn of the Nineteenth Century”
    16:40 Mark Evans (Victoria and Albert Museum), “‘Full of vigour, & nature, fresh, original, warm from observation of nature, hasty, unpolished, untouched’: The Oil Sketches of John Constable”
    17:20 Takanori Nagai (Kyoto Institute of Technology), “How Paul Cézanne Rejected the ‘fini’ Concept”
    18:00 Conclusions

    Kyoto Art History Colloquium: Appreciating the Traces of an Artist’s Hand チラシ
  • 「作品における制作する手の顕在化をめぐる歴史的研究」2015年度研究会
    下記の要領で研究発表会を行います。興味のある方は、是非、ご来聴下さい。
    日時 2016年3月27日(日)12時30分-19時(終了予定)
    場所 京都大学文学部校舎2階 第3演習室
    【研究発表】
    剱持あずさ(近畿大学)「初期ルネサンスの素描をめぐって―フィリッピーノ・リッピを中心に」
    宮崎もも(大和文華館)「筆跡を残す表現の効果―松村景文作品に注目して」
    平川佳世(京都大学)「近世ドイツ版画における手の痕跡」
    深谷訓子(京都市立芸術大学)「16、17世紀の絵画論に見る様式観とタッチの問題」
    安田篤生(愛知教育大学)「尾形光琳筆「太公望図屏風」(京都国立博物館)について」
    阿部成樹(中央大学)「アンリ・フォシヨンにおける手と手仕事をめぐって」
  • 「作品における制作する手の顕在化をめぐる歴史的研究」2014年度研究会
    下記の要領で研究発表会を行います。興味のある方は、是非、ご来聴下さい。
    日時 2014年12月21日(日)13時-16時(終了予定)
    場所 京都大学文学部新館2階 第3演習室
    【研究発表】
    吉田朋子(京都ノートルダム女子大学)「フラゴナールにおける「手」-『幻想的肖像画』と『狂乱のオルランド』を中心に」
    永井隆則(京都工芸繊維大学)「第三共和制下の官展絵画における<fini(仕上げ)>の意味」
    根立研介(京都大学)「院政期の佛像銘記から見る仏師の仏像制作への関与の在り方をめぐって」
  • 下記のコロッキウムにおいて本科研に関する研究発表も行われます。
    Kyoto Art History Colloquium: Sacred and Profane in Early Modern Art
    日時 2014年10月4日(土)13時-19時
    場所 京都大学文学部新館 地下大会議室
    詳しくはこちらをご覧ください。
  • 「作品における制作する手の顕在化をめぐる歴史的研究」2013年度研究会
    日時 2013年10月26日(土)午後2時-午後6時(終了予定)
    場所 京都大学文学部新館2階 第3演習室
    【研究発表】
    中村俊春(京都大学)「様式への意識と油彩スケッチ愛好-「制作する手の顕在化」をめぐる歴史研究のための序章」
    ※「美術史における転換期の諸相」(科学研究費補助金・基盤研究B・研究代表者根立研介)と合同開催