紹介:人文学への接近法

本書は京都大学西洋史研究室に所属する4教員が編者となって出版された、大学で西洋史を学ぶことの実際と意義について書かれた書物です。これまでも、「西洋史研究入門」と銘打たれた初学者向けの入門書や、「西洋史とは何か」をテーマとした啓蒙書は数多く出版されてきましたが、本書はそうした書物とは少々趣を異にしています。そこで本稿では、主に本書がターゲットにしていると思われる、これから「西洋史を学ぶ」ことを選択する可能性を秘めている高校生から大学の一・二回生向けに、本書の簡単なレビューを行ってみたいと思います。

まず、簡単に本書の構成と内容を紹介します。カフェテリアでの学生の会話から始まる導入部では、大学の研究室という学問の最前線に身を置く研究者の視点から「西洋史を学ぶ」ことの意味を伝えることが本書の目的であると示されています。実際にあっても少しもおかしくない4人の学生と一人の男の会話の中には、今日の西洋史研究の現場で問われている問題がキーワード的にちりばめられているなど、本書の雰囲気を伝える意味では興味深い導入になっているといえます。

第1部「西洋史を学ぶということ」においては、教養、そして研究としての西洋史学の意義が問われています。ここで注目すべきことは、「日本(の大学)において西洋史を学ぶこと」が強調されている点でしょう。大学における西洋史研究の実情を紹介するとともに、日本における西洋史研究の歴史を概観することで、グローバルなネットワークが拡大していく中で自らの立ち位置を問い直すために、西洋の歴史を考察することの重要性が指摘されています。つまり、日本人として「西洋史」を学ぶことは、異文化である西洋に対する思考法・スタンスを確立することにつながるということです。このように第一部においては、総合学問としての西洋史の魅力が語られていえるのです。学問の歴史を含めた「西洋史」自体の歴史を知ることは、実際に研究を進めていく上で非常に重要なことなのです。

続く第2部「学んだことをどう生かすか」では、留学体験記や研究の現場を離れ社会人として活躍する卒業生のレポートなどを通じて、「西洋史を学ぶ」ことがキャリア形成に与える影響について述べられています。第1部が主に日本の大学を舞台にして「西洋史を学ぶ」ことについて書かれているのに対して、第2部では海外の大学や研究会というより専門性の高い場や、社会というより具体性を求められる場において、「西洋史を学んだ」ことが社会生活においていかなる意義をもつのかが問われています。ここでは個別のレポートの内容について細かく触れませんが、本書に掲載されたレポートは大学において「西洋史を学ぶ」ことを体験した人たちによる貴重な生の声であることは間違いありません。西洋史とキャリアという挑戦的なテーマを掲げた第2部は、読者が読み解くべき資料(史料)としての高い価値を持つ本書の眼目というべきパートであり、これから大学において「西洋史を学ぼう」とする学生にとって非常に有益な情報を与えてくれると思います。

最後に第3部では「学ぶためのツール」として、コンピューターの活用法と文献(辞典・データベース含む)案内がなされています。第7章で時代別に紹介されたブックガイドにおいては、比較的新しい研究分野に関する著作もフォローされており、初学者は本書を参考にして自分の興味のある分野の著作を実際に読んでみるとよいでしょう。そして、更に多くのことを学びたいと感じたのであれば、第7章後半の調べ方に関するガイドを参考にしつつ自ら文献や資料を探索し、また第6章を参考にして、コンピューターで利用してネット上で利用できるデーターベースやオンライン・ジャーナルにアクセスしてみると良いでしょう。与えられた課題を受動的にこなしていくだけでなく、自ら積極的に文献や史料を探し当て、理解することこそが「西洋史を学ぶ」ことの醍醐味なのです。

また本書の特色の一つとして、各部・章をつなぐコラムの存在をあげることができます。コラムでは、勉強を始める前の学生が抱いているであろう疑問を想定し、それに答えるというQ&A形式が採用されています。評者は実際に大学の一回生がガイダンスで研究室を訪問した時に応対をしてきた経験がありますが、その時下級生から尋ねられたことは、このコラムで取り上げられている質問と類似しているものも多く、もし西洋史を専攻することを迷っているのであれば、本書のコラムが疑問に答えてくれるかも知れません。また、第1部と第2部の間に挟まれた、架空の教員と学生によるメールのやり取りから成るエッセイにおいては、村上春樹の『1Q84』を枕にして、歴史学の功罪についても触れられています。この部分を読めば、これまでの「歴史」の中で「歴史学」が社会に対して好・悪両方の影響を与えてきたことを知った上で、「西洋史を学ぶ」ことを選択してほしいという編者の想いをくみ取ることができることでしょう。

以上、「人文学への接近法―西洋史を学ぶ―」の内容について簡単に紹介してきました。紹介するなかでも触れてきましたが、本書はこれまで出版されてきた入門書や啓蒙書以上に、これから西洋史(歴史学・人文学)を学ぼうとする学生のことを強く意識して叙述された著作であるといえます。このレビューを読んで少しでも「西洋史を学ぶ」ことに興味を抱いたならば、本書をパラパラとでも読んでみると良いと思います。そして、本書に込められた西洋史に対する情熱に刺激され、大学において「西洋史を学ぶ」ことを選択する学生が増えるように、編者と同じく「西洋史を学ぶ」ことに魅せられた大学院生として願っています。

2010年8月11日 文責: 藤井翔太(京都大学大学院文学研究科博士後期課程)

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