井筒俊彦 1914-1993(大正3-平成5)
略 歴
言語学者、哲学者、イスラーム学者。東京生まれ。幼少のころより在家の禅修行者であった父に独自の内観法を教授され、禅書にも親しんでいた。慶應義塾大学文学部英文科を卒業。卓越した語学力により、当初はギリシャ神秘思想、イスラム思想、コーランの言語哲学的研究に専念。1957年から1958年、日本語ではじめての『コーラン』の原典からの翻訳が岩波文庫から刊行された。ただ、井筒自身は、この翻訳には満足せず、「一番大切な問題である文体を、口語の枠内で徹底的に」改めるなどし、「思想を新たにして全部訳しなおした」『改訳 コーラン』を1961年から1964年にかけて発表(「『コーラン』改訳の序」)。厳密な言語学的研究を基礎とする訳は、現在にいたるまで高く評価されている。また、『コーラン』についての意味論的研究書、『意味の構造』(原著は英語による)の評価も高い。
井筒は、さらにペルシャ・イスラム哲学の研究へと進み、その成果が日本のイスラム研究の水準を飛躍的に引き上げた。その後、仏教思想・老荘思想・朱子学などを視野に収めた独自の東洋哲学の構築を試みた。慶應義塾大学、カナダ・マッギル大学、イラン王立哲学研究所の教授を歴任。1967年以降は、エラノス学会で主に東アジア思想に関する講演を続けた。井筒独自の哲学的意味論に基づく多数の英語による論文や著作は、日本のみならず海外においても高く評価されている。日本国内では、井筒生誕百周年を迎えた2013年前後から、母校慶應義塾大学の『三田文学』で二度の井筒特集(2009年・2014年)が刊行されたほか、様々な雑誌や学会で井筒の思想が取り上げられた。
生涯の研究の集大成として、『井筒俊彦全集』(2013-2016年)および『井筒俊彦英文著作翻訳コレクション』(2016-2019年)が、慶應義塾大学出版会より刊行された。
思 想
井筒は、さまざまな言語で執筆されたの思想の文献を読み解き、そこに表現された世界観を析出することを、自らの著述の基本的な手法とした。思考と言語を切り口とし、人類には共通普遍なものがあることを確信、その体系化を試みたと言える。晩年には、東アジア、インド、イスラーム、ユダヤの神秘思想をそれぞれの歴史的差異を超えた次元で類型論的に把握し、〈東洋哲学〉として構造化することを目指した。井筒は、仏教の唯識論における阿頼耶識(あらやしき)——我々が意識することのない最深層に定位する識——を、言語意味論に応用して「言語アラヤ識」と名づけた。多種多様な言語の数だけ思想、意味、世界観・価値観があるとも考えられるが、人類に共通普遍な意味可能体 の貯蔵所あるいは「種子」として、言語アラヤ識があり、様々な形やイメージは、そこから言語や風土・民族性を媒介して結晶する意味構造体であると捉えた(「井筒俊彦 ~語学の天才 知られざる碩学~」)。
主要著書
A. 著作集
- 『井筒俊彦著作集』全11巻・別巻1冊、中央公論社、1991年-1993年
- 『井筒俊彦全集』全12巻・別巻、慶應義塾大学出版会、2013年―2016年
- 『井筒俊彦英文著作翻訳コレクション』全7巻(全8冊)、慶應義塾大学出版会、2016年―2019年
B. 文庫あるいは新書
- 『マホメット』アテネ文庫、弘文堂、1952年 / 講談社学術文庫、1989年
- 『イスラーム哲学の原像』岩波新書、1980年
- 『コーラン 改版』上・中・下巻、岩波文庫、1985年
- 『ロシア的人間』中公文庫、1989年
- 『イスラーム生誕』中公文庫、1990年
- 『イスラーム思想史』中公文庫、1991年 / 『イスラーム思想史 改版』中公文庫、2005年
- 『イスラーム文化――その根底にあるもの』岩波文庫、1991年
- 『意識と本質――精神的東洋を索めて』岩波文庫、1991年
- 『東洋哲学覚書 意識の形而上学-『大乗起信論』の哲学』中公文庫、2001年
- 『『コーラン』を読む』岩波現代文庫、2013年
- 『意味の深みへ』岩波文庫、2019年
- 『コスモスとアンチコスモス』岩波文庫、2019年
- 『神秘哲学』岩波文庫、2019年
C. 単行本
- 『アラビア思想史――回教神学と回教哲学』大久保幸次監修、博文館、1941年
- 『東印度に於ける回教法制(概説)』東亜研究所、1942年
- 『神秘哲学(ギリシアの部)』光の書房、1949年
- 『露西亜文学』(一)(二)慶應通信、1951年
- 『ロシア的人間――近代ロシア文学史』弘文堂、1953年
- 『意味の構造――コーランにおける宗教道徳概念の分析』牧野信也訳、新泉社、1972年
- 『イスラーム思想史』岩波書店、1975年
- 『ロシア的人間』北洋社、1978年
- 『神秘哲学』全二巻、人文書院、1978年
- 『イスラーム生誕』人文書院、1979年
- 『イスラーム文化――その根柢にあるもの』岩波書店、1981年
- 『意識と本質――精神的東洋を索めて』岩波書店、1983年
- 『岩波セミナーブックス1 コーランを読む』岩波書店、1983年
- 『意味の深みへ――東洋哲学の水位』岩波書店、1985年
- 『叡知の台座――井筒俊彦対談集』岩波書店、1986年
- 『コスモスとアンチコスモス――東洋哲学のために』岩波書店、1989年
- 『超越のことば――イスラーム・ユダヤ哲学における神と人』岩波書店、1991年
- 『意味の構造――コーランにおける宗教道徳概念の分析』牧野信也訳、新泉社、1992年
- 『東洋哲学覚書 意識の形而上学――『大乗起信論』の哲学』中央公論社、1993年
- 『老子』慶応義塾大学出版会、2001年
- 『読むと書く――井筒俊彦エッセイ集』若松英輔編、慶應義塾大学出版会、2009年
- 『神秘哲学 ギリシアの部』慶應義塾大学出版会、2010年
- 『アラビア哲学――回教哲学』慶應義塾大学出版会、2011年
- 『露西亜文学』慶應義塾大学出版会、2011年
- 『禅仏教の哲学に向けて』野平宗弘訳、ぷねうま舎、2014年
- 『井筒俊彦ざんまい』若松英輔編、慶應義塾大学出版会、2019年
D. 主要英文著作(※各著作について、最新版の出典のみ記載)
- Toward a Philosophy of Zen Buddhism. Boulder: Prajñā Press, 1982.
- Sufism and Taoism : A Comparative Study of the Key Philosophical Concepts in Sufism and Taoism. Berkeley: University of California Press, 1984.
- Creation and the Timeless Order of Things: Essays in Islamic Mystical Philosophy. Edited by William C. Chittick. Ashland: White Cloud Press, 1997.
- Lao-tzu: The way and Its Virtue. Vol.1 of The Izutsu Library Series on Oriental Philosophy. Tokyo: Keio University Press, 2001.
- Ethico-Religious Concepts in Qur’ān. Montreal: McGill-Queen’s University Press, 2002.
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- The Structure of Oriental Philosophy: Collected Papers of the Eranos Conference vol.Ⅰ. Vol.4 of The Izutsu Library Series on Oriental Philosophy. Tokyo: Keio University Press, 2008.
- The Structure of Oriental Philosophy: Collected Papers of the Eranos Conference vol.Ⅱ. Vol.4 of The Izutsu Library Series on Oriental Philosophy. Tokyo: Keio University Press, 2008.
- Kukai on the Philosophy of Language, Vol.5 of The Izutsu Library Series on Oriental Philosophy. Translated by Shingen Takagi and Thomas Eijō Dreitlein. Tokyo: Keio University Press, 2005.
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- Language and magic: Studies in the Magical Function of Speech. Vol.1 of The Collected Works of Toshihiko Izutsu. Tokyo: Keio University Press, 2011.
- God and Man in the Koran: Semantics of the Koranic Weltanschauung. Tokyo: Keio University Press, 2015.
- The Concept of Belief in Islamic Theology: A Semantic Analysis of Iman and Islam. Tokyo: Keio University Press, 2016.
主な二次文献
A. 単行本
- 安藤礼二・若松英輔編『増補新版 井筒俊彦:言語の根源と哲学の発生』河出書房新社、2017年
- 井筒豊子『井筒俊彦の学問遍路:同行二人半』慶應義塾大学出版会、2017年
- 斎藤慶典『「東洋」哲学の根本問題:あるいは井筒俊彦』講談社選書メチエ、2018年
- 坂本勉・松原修一編『井筒俊彦とイスラーム:回想と書評』慶應義塾大学出版会、2012年
- 澤井義次・鎌田繁編『井筒俊彦の東洋哲学』慶應義塾大学出版会、2018年
- バフマン・ザキプール『井筒俊彦の比較哲学:禅的なものと社会的なものの争い』知泉書館、2019年
- 若松英輔『井筒俊彦:叡智の哲学』慶應義塾大学出版会、2011年
- 若松英輔『叡智の詩学 小林英雄と井筒俊彦』慶應義塾大学出版会、2015年
B. ホームページ(井筒俊彦に関する情報がまとめられたもの)
- 慶應義塾大学出版会 特集サイト「井筒俊彦」
- 慶應義塾大学『井筒俊彦全集』特設サイト
- 『井筒俊彦英文著作翻訳コレクション』特設サイト
慶應義塾大学出版会が提供するこれらのサイトから、井筒の著述、思想、人物に関する有益な情報を得ることができる。
全集ならびに翻訳コレクションの特設サイトでは、各巻の目次や簡単な内容紹介も提供されている。
また、若松英輔氏による、テーマ別「井筒俊彦」入門は、質、量ともに充実している。
- 井筒俊彦データベース
上記ホームページには、天理大学の澤井義次教授を研究代表者とする研究プロジェクト「井筒・東洋哲学の構築とその思想構造に関する比較宗教学的検討」(課題番号JP26284013 科学研究費助成事業・基盤研究(B)の成果が掲載されている。
同プロジェクトの共同研究の一環として長岡徹郎氏(京都大学非常勤講師)により作成された「井筒俊彦データベース」(井筒俊彦に関する日本語および欧文の研究文献が、編年体順、執筆者名順、ジャンル別順に収録されている)のダウンロード、閲覧が可能である。
(熊谷征一郎 記、2006年11月)
(藤貫裕 追記、2020年3月)
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