昭和期の言語学者、哲学者、イスラーム学者。東京生まれ。幼少のころから在家の禅修行者であった父に独自の内観法を教わり、禅書にも親しんでいた。慶應義塾大学文学部英文科卒業。卓越した語学力によって、初期にはギリシャ神秘思想、イスラム思想、コーランの言語哲学的研究に従事。1932年、日本で最初の『コーラン』の原典訳を刊行。厳密な言語学的研究を基礎とする訳は、現在にいたるまで高く評価されている。また、『コーラン』についての意味論的研究『意味の構造』(原著英語)の評価も高い。中期には、ペルシャ・イスラム哲学を研究し、日本のイスラム研究の水準を飛躍的に引き上げた。後期には仏教思想・老荘思想・朱子学などを視野に収めた独自の東洋哲学の構築を試みた。慶応義塾大学、カナダ・マッギル大学、イラン王立哲学研究所の教授を歴任。1967年以降、エラノス学会で主として東アジア思想に関して公演を続けた。大部分の著作が英文で書かれていることもあり、日本国内でよりも、欧米において高く評価されている。
井筒はさまざまな言語の思想文献を読み解き、そこに表現された世界観を析出するのを基本的な手法としたが、その思想的・言語学的研究から人類に共通普遍な部分があることを確信し体系化しようと試みた。晩年には、東アジア、インド、イスラーム、ユダヤの神秘思想をそれぞれの歴史的文脈を超えた次元で類型論的に把握し、〈東洋哲学〉として構造化することを目指した。井筒は、仏教の唯識論における阿頼耶識(あらやしき)――我々が意識することのない最深層に定位する識――を、言語意味論に応用して「言語アラヤ識」と名づけた。多種多様な言語の数だけ思想や意味、世界観・価値観があるが、人類に共通普遍な意味可能体の貯蔵所あるいは「種子」として言語アラヤ識があり、様々な形やイメージはそこから言語や風土・民族性を媒介して結晶してくる意味構造体であると捉えた(「井筒俊彦 ~語学の天才 知られざる碩学~」による)。
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